
野崎 達彦(のざき たつひこ)さん
株式会社 ガジルガゼル 代表取締役
ゴールデンユース宮古島 オーナー
ラーメンは愛だよ!
皆さんは宮古島で家系ラーメンが食べられるって知ってましたか?宮古島で初となる家系ラーメンを提供しているゴールデンユース宮古島、オーナーの野崎さんを取材してきました。
■自己紹介(経歴)をお願いします。
東京都福生市出身。高校卒業後、渡米、サンフランシスコで音楽とファッションに触れました。20歳で帰国後はバンド活動、スタジオ業務、Tシャツ販売に専念していました。ツアー先で出会ったラーメン達、「ラーメンってかっこいい、ラーメン職人になりたい!」と思い、それまで専念してきた音楽をきっぱり辞め、27歳でラーメン修行。無我夢中な毎日でした。師匠から許しを得て30歳で夢だったラーメン店を東京都田無にて開業。その後スタッフにも恵まれ2号店、カレー店、ジャークチキン専門店、ビアバー、つけ麺店など飲食店7店舗運営。ラーメン店プロデュース、デザイン業も始め、社員独立制度を作る事が出来ました。39歳の時、社員と独立店とで行った社員旅行での沖縄。海、空、人、自然、文化に魅了され3年間開店準備をし、42歳で沖縄県那覇にて1号店を開業。その後、宜野湾、読谷村、うるま市、本部町などで8店舗を経営し、店舗プロデュース、他県でのイベント出店、沖縄ラーメンのブランディングなどを経験。コロナ渦は、物販の会社を立ち上げ、株式会社2社代表となりました。49歳、自身最後と決めた飲食店をと考え出会ったのが、本島よりも自然が豊かで海も空も風も人も、天国のような夢の島宮古島。自分のコンセプトの一つである『本質』をピンと感じ、最後のラーメン店ゴールデンユースを2024年6月平良東仲宗根にてを開業しました。
■お店の紹介をお願いします。
プロデュース店9店舗、全国イベント出店6回、県内イベント出店12回、ボランティア出店7回、ラーメン130種類以上作ってきた経験を生かし、沖縄全島のラーメン店が毎年40店舗ほど参加する『沖縄家系の日』のラーメン『家系ラーメン』を筆頭に、限定麺、限定飯、コラボ麺、また夜営業のメニュー変更や、ラーメン店に見えない内装、音楽やアパレル、『個性』と『愛』をテーマとしたカジュアルなお店です。
■宮古島に出店して良かったこと教えてください。
ラーメンを作る事、お客様を笑顔にする事、雇用する事、続ける事、夢を持つ事、夢を持たす事。開業って様々な要素や工程があると思います。と同時に土地に住み、スタッフを住ませ、仕事もプライベートも島にフルコミットする。仲間や、恋人ができ、友達と別れ、新しいスタッフが入り互いに『時間』を共有する。その中で宮古島の生活を伝える事は重要だと思っています。素晴らしさ、素敵さ、美しさ、子供達の遊ぶ顔、動植物達、風や音、街のノイズですら宮古島の生活の中に幸せは沢山あるって事、宮古島愛を伝えたいと思っています。12月の20周年のイベントが終わりようやくぼんやりしたものがはっきりしたんです。ずっと沖縄本島、内地との違いばかり探してたんです。20年のラーメン事業で沢山の仲間と沢山の物事を見てきたつもりでいたんです。時には傲慢になり、人を傷つけたり。自分も傷つき嫌になったり、見失い、真っ暗な道を歩いてるような時もありました。すべて宮古島にくるための経験だったんだって。勘違いに気付けた事、豊な価値観、人間の本質を今の僕はちゃんと感じられている。大人になることで見落としてしまったこと、忘れてきたものを取り戻せる事ができました。
■今後の目標を教えてください。
職人としてオーナーとしてゴールデンユースで引退すると決めています。沖縄に出会い、ラーメンは愛だよって気付かされ、自分のラーメンを追い求め、自分を追い詰め、たどり着いた宮古島。大切なのは欲張らず愛し続けるラーメン愛って事。僕にラーメンって愛だよって教えてくれた沖縄武蔵家の大将。最高の親友であり、仲間である彼が亡くなり追悼で始めた毎年3月30日『沖縄家系の日』。バラバラだった沖縄のラーメン屋さんが年に1度、彼の事を思い出し、ひとつの方向を向き、家系ラーメンを作る。沖縄のラーメンを切り開いてくれた彼に対して敬意と感謝をする日。この企画を僕が亡くなるまで続ける事です。
話をお伺いし、野崎さんの愛のこもったラーメンを無性に食べたくなりました。皆さんも是非野崎さんこだわりのラーメンを食べてみてください。

