
下地 学さん
BAR PULSE(バーパルス)オーナー
平和館通りづくり実行委員会 副会長
今、放課後ってありますか?
皆さんは「平和館通り」という通りをご存じですか?マクラム通り、JAおきなわ宮古島支店の真向いから市内の中央通りに抜ける通りを二年前に「平和館通り」と名付け、古参、新参の人達を交えて通りづくりの復活活動をしている下地さんを取材して来ました。
■平和館通りの由来は?
実はこの通りには平和館という木造づくりの映画館があったんです。僕が物心付いた頃にはすでに閉館になっていましたが、建物はまだ残っていました。島に住んでいる70歳以上の方には思い出深い場所だったようです。
僕が子供の頃には「菊の露裏通り」、「そば通り」と呼ばれていました。戦後すぐには外国人将校クラブというアメリカの人達が集まるクラブがあり「将校通り」と呼ばれた時代もあるようです。昔を知る人が言うには沖縄市コザのミニ版のような通りだったみたいです。平和館という呼び名を残したいと会員で考え「平和館通り」と名付けました。インバウンドに対応するために「P・T・S(ピースシアターストリート」という略語も作りました。
■通りづくりの目的と活動を教えて下さい。
僕がこの通りでお店を始めて22年目に入りました。今の宮古島はだいぶ変わりました。この20年の変化は想像も出来ませんでした。誰が隣に住んでいるか分からないことも多くなり、子供もお年寄りも誰もが安心して暮らしていた宮古島はもうありません。僕たち通り会の目的は声を掛け合うのが当たり前だった昔の通りをもう一度取り戻したい、「あんたどこにか?」とか、子供達に「早く帰りなさい」とか、そんな言葉を掛け合う、人との繋がりがあった通りをもう一度再現するのが目的です。現在、通りでお店を経営する方や地域住民などに賛同いただき会員数は27名です。この二年間ほとんど活動らしき活動はありませんでしたが、少し前に集まり今後の活動について話し合いました。光を灯すこと、イベントを開催すること、何よりまずは通りの名前を知ってもらうことなど、通りづくりから地域づくりに繋げていきたいと思っています。この前学校の集まりでも発言したんですが、今の時代放課後ってありますか?地域の子供が集まる場所もない、学校に残って遊ぶことも出来ない、僕は放課後が子供社会を作っていたと思います。子供社会を経験せずにいきなり大人社会って厳しいと思いませんか?
大人の仕事終わりの放課後も語り合う機会が減っていますよね?その放課後が地域づくりに繋がると思います。
■ワイドーカードについて
今、僕が多方面からの協力を得てすすめているのがワイドーカードです。ワイドーは宮古島の方言で頑張れの意味です。ワイドーカードは宮古島を応援するカードです。
簡単に仕組みを説明すると、観光の方、もしくは住民にカードを購入していただきます。購入したカードを飲食店に持っていくと割引やサービスを受けることが出来ます。
購入していただいたお金は島のために活用します。例えば子供たちの学校生活、施設・団体への協力、インフラ整備の協力などです。カードの購入金額は観光の方と住民では差がありますが、そこは宮古島の自然や文化を維持していくための支援と考えて欲しいです。ハワイと同じような考え方です。そして支援していただいたお金なので、使い道は徹底的に公開していきます。このワイドカードは間もなくリリースします。
■今後どのような宮古島にしたいですか?
大きく言えば島全体を底上げしたいです。僕は島のしがらみみたいなのが苦手で島を出ました。島に戻ってこの島で生活し、子育てし、商売して、この歳になってそのしがらみに育てられてきたと感じます。助けられてきたと感じます。多くの経験をして歳を重ねてきた人達が経験の浅い子供たちを押し上げる、そんな環境を作っていきたいです。もちろんお金も大切です。そのためのワイドーカードなんです。僕は移住者という言葉に違和感があります。僕らが東京に引っ越しても移住して来たとは言わないと思いませんか?なのに宮古島に来たら移住して来たと言う、移住者という言葉がなんだか壁を作っているように思います。みんなで参加して島を楽しめばいいじゃないですか(笑)。今、宮古島でも一クラスに二、三人の不登校児がいるそうです。それを担任だけで、学校だけで対処するのは無理があります。その子たちをなんの準備もせず大人の社会に出すのは可哀想じゃないですか?他にも沢山の問題が宮古島にはあります。それを移住組とか島人とか言わないでみんなで繋がって楽しんで解決していける環境を作りたいです。いがみ合うことなく、嫉妬することなく出会った人達と繋がりたいですね。
意見を聞くように問いかけながら話す下地さん、人同士の調和を大切にしているのが伝わりました。多くの経験を生かしながら、気張ることなく、ただこの島をみんなが安心して暮らせる島にしたいという思いで活動されていることに深く感銘を受けました。

